第40号

平成13年5月25日発行
発行:長野高等学校同窓会
発行人:塚田佐
編集人:丸山義範
デジタル化:コンピュータ活用研究班
目次

同窓会総会開催
支部・同期会・OB会だより
寄贈図書
社団法人金鵄会だより
事務局だより



同窓会総会開催

総会 7月1日(土)ホテル国際21において、平成12年度同窓会総会が開催された。本年度の当番回期である高17、高29、高41の紹介があり、佐藤友治氏(高17)の司会により総会が進行された。
来賓の紹介
開会の辞  橋本 浩 副会長(高5)
会長挨拶  塚田 佐 会長(高6)
■お忙しい中、長野高校の総会へ校長先生はじめご来賓の皆様をお迎えし、大勢の方々にご出席いただきましたことを嬉しく思い、また深く感謝申し上げます。
■昨年は創立100周年ということで、募金等で大変なご協力をいただき、記念式典も盛大にできました。ピカソ展、イムジチ音楽会、招待試合、アルバータのピッケル物語、白馬登山等、様々なイベントがございましたが、それぞれの幹事さんはじめ皆様のご協力で盛大に開催され成功裏に終わりました。母校には教育環境整備機器や校内LANの設置がされ、生徒諸君の意欲もあがったのではないかと思います。これも皆様のご支援、ご協力の賜と深く感謝しお礼申し上げます。今日、配布されました日新鐘の中でも触れておりますが、募金について目標額に達していない回期の皆様には引き続き頑張っていただきたいと思います。
■昨年、社団法人金鵄会がスタートしました。市民講座は受付開始後、すぐに定員に達する盛況振りとのこと、大変喜ばしいことです。今後、同窓会と金鵄会がうまくタイアップして、お互いに活動が活発になるよう組織検討委員会を設置し、来年の総会で諮りたいと考えております。
■今日の総会に際しては、幹事回期の方々に大変ご苦労いただきましたことに感謝申し上げます。この後の議事では慎重、かつスピーディーな運営にご協力お願い致します。

学校長挨拶 高野忠夫 学校長(高15)
■高校15回の卒業ですが、今日は校長としてご挨拶を申し上げるということで、ご容赦下さいますようお願い申し上げます。
■日頃、同窓会の皆様方には、生徒・職員ともどもお世話になっており、厚く御礼申し上げます。特に100周年の記念事業におきましては、校内LANの整備をはじめとして多額のご支援をいただきました。しっかりと活用してご期待に応えることができるよう、努力してまいる所存です。
■今年は創立101年目という新たなページが開かれた歴史的な年でありますが、校長室に河野通勢先生の佐久間象山像から「何を考えてそこに座っておる。新たな時代へ向けて生徒たちをどう導いていくつもりか述べてみよ。」と問われているような思いで毎日を過ごしております。
■本校が100年間営々として引き継いできた教育方針は、文武両道の精神です。今、金鵄祭の準備の真っ最中で、詩人としては現在最高と考えられている谷川俊太郎氏を招いての生徒との座談会等、骨のある取り組みも企画されております。また、今春の卒業生の現役進学率は58パーセントで、例えば東大・京大の合格は、現浪合わせて、それぞれ12名でありました。かつては富山と比べてなんたることかとお叱りを受けましたが、おかげさまでほぼ遜色ないところまで盛り返し、もう一息かと思います。
■本校の強みは、力量豊かな職員がいること、高い能力を秘めた生徒がいること、そしてそれを同窓会とPTAの方々が全面的に後押ししてくださることにあろうかと思います。何年か後には、いま勉強している生徒たちが必ずや21世紀の日本や世界を動かす人材に育ってくれることを信じて、さらに活力ある学園となるよう創意工夫をして参りたいと思います。今後とも、変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
■最後になりましたが、長野高校同窓会の益々のご発展をご祈念申し上げ、挨拶とさせていただきます。

議事 塚田佐会長が議長となり議事に入る
 1(1)平成11年度事業報告
   @会報「日新鐘」創立100周年記念特集の刊行
   A支部、同期会、OB会への協力
   事業局に連絡もしくは報告のあった、支部、同期会、同級会、OB会開催状況
   ア.支部、職場内金鶏会……6支部、4職場内金鵄会
   イ.同期会、同級会…………………24同期会、1級会
   ウ.クラブOB会………………………3クラブOB会開催
   B母校教育活動への協力
   ア.教育施設への助成
   イ.教育奨励賞への授与
   ウ.入学生、卒業生への記念品授与等
   C諸会議開催状況……………理事会4回その他会議
  (2)平成11年度決算、平成12年度予算

収入の部
科目 1年度決算 会員数 12年度予算
入会金 1,767,000 353人 1,685,000
年会費 12,677,000 6339人 13,000,000
在校生年会費 1,350,000 10.11年度分
1350人
647,000
前年度繰越金 1,567,061   4,724,674
雑収入 68,582   50,000
合計 17,429,643   20,106,674
支出の部
科目 1年度決算 (註) 12年度予算
庶務費 5,163,922 @ 4,650,000
備品費 233,530   50,000
消耗品費 669,483 A 650,000
会議費 867,473 B 1,050,000
慶弔費 25,750   50,000
事業費 4,967,811 C 12,687,000
予備費 777,000   969,674
合計 12,704,969   20,106,674

  (註)@人件費、旅費、事務局諸費、光熱水費A文具代、通信費、印刷費B総会、役員会費等C母校助成関係、同窓   会関係、支部・同期会等連絡費
 2会計監査報告
 3平成12年度事業計画(案)・会計予算(案)
 4創立百周年記念事業経過報告
 5創立百周年募金経過報告
 6社団法人金鵄会設立報告
 7同窓会組織検討委員会の設置について
 8退任・新任役員の紹介
 9その他
◇祝電披露
◇閉会の辞若麻績侑孝副会長(高7)
☆記念講演会
  演題 最近の脳神経外科
  講師 長野市民病院副院長竹前紀樹氏(高17)
☆懇親会
  司会進行 山崎弘道氏(高29) 加藤二佐雄氏(高29)

同窓会組織検討委員会の設置

■今後の同窓会活性化の為、理事会、総会に諮り、組織検討委員会を設置することに決定しました。
■委員は次の方々です。
 

座長 若麻績侑孝(高7) 桜井一郎(高2)
  丸山義範(高6) 小林邦雄(高13)
  滝澤芳一(高16) 中村隆次(高21)
  鈴木和代(高23) 山口亨(高33)

      

支部・同窓会・OB会だより

第13回中高金鵄会総会開催

■中野市・山ノ内町・木島平村・野沢温泉村の同窓生で組織される、中高金鵄会の第13回総会が、平成12年2月9日午後6時より、中野市の「アップルシティなかの」にて、開催されました。
■当日は、暖冬と言われる今年でしたが、珍しく、大雪が降りまして、開催時間が少々遅れましたが、本山副会長の開会の辞により始まりました。そして、いつもながらの佐野会長の名挨拶の後、議事に入りました。
■佐藤幹事長により、庶務・会計報告、役員改選が提案され、川崎監事の監査報告の後、全員の拍手により、スムーズに可決されました。当会も、通学区制により、若手の会員増が見込まれない中で、高齢化が進む会員層ですが役員の皆様も全員が元気ではりきっておりますので、全員が五年連続で留任して頂きました。益々の当会発展の為に、御尽力を御願いいたします。
■さて、その後、下田氏による、緊急動議が出され、目前に迫った中野市長選に、現市長で、会員でもある、綿貫隆夫氏を前回に続き推薦決議を全員一致で行い、会長より、推薦状が渡され、綿貫市長より力強い二期目に向けた挨拶がありました。尚、後日談ですが、2月13日告示の市長選挙では、一期目の見事な市政により、対抗馬も到頭現われず、無投票当選となりました。当会も何となく、拍子抜けしてしまいましたが、綿貫市長の二期目の御活躍を祈念いたします。
■そして、本日来賓としてお招きいたしました、本会事務局長丸山義範氏から御祝辞を頂だいし、最後に、同窓生の長野県副知事、池田典隆氏からの御祝電を御披露させて頂きました。当会とも非常になじみの深い副知事の益々の御活躍をお祈りするとともに、又、いつの日か美酒を酌み交わす事が出来ればと思います。
■議事も、無事、終了し、本日のメインイベントであります、記念講演に移りました。講師には、現長野高校長の、本山綱規先生をお招きいたしました。校長先生は、中野市の小舘に在住なされ、又、当会の本山副会長と従兄弟同士という事で、大変、お忙しい中ですが、心よくお引き受け頂き、講演をして頂きました。特に、現職という事で、現在の長野高校の様子、又、高校生の気質等、お話頂き、短い時間でしたけれど、なつかしく、有意義な時をすごさせて頂きました。謝辞には、市助役の南氏に登場いただき、最後に、綿貫隆夫後援会長を務められます小林勇生氏の閉会の辞で、第一部を終了いたしました。
■第二部の懇親会を宴会場に移し、地域を代表する医療機関の北信総合病院の院長を務められる西村博行氏の乾杯の音頭で始まりました。途中、応援団に在席した早川氏のエールにより、校歌、応援団歌等、アンコールに次ぐアンコールで、のどがかれる迄、歌いました。その結果、アルコールの、のどの通りがよくなったのは、言う迄もありません。アルコールの追加、追加で、皆様の顔は赤くなりましたが、事務局は益々青くなりました。そんな様子で老いも若きも、和気あいあいのうちに全員が打ちとけ合い、金鶏健児の益々の超!パワーを発揮し、外の大雪も溶かす程の熱気のうちに、時間を惜しみながら、無事にお開きとなりました。
■最後に、事務局より中高金鶏会員の皆様にお願いです。今回の開催通知は、220余通です。返信は116通でした。返信率・出席率を何とか高めたいと思います。ぜひ、金鶏健児の意気を示して下さい。
■初めての人、しばらく欠席中の人、ぜひ、誘い合って次回には、出席して下さい。
■尚、今回の出席者は以下の通りです。(敬称略)

36 小野久雄 42 佐野雅孝 13 本山俊夫
2 川崎信男 8 佐藤喜惣治   下田善登
9 綿貫隆夫 11 益満利隆   南敏勝
12 矢沢篤   山崎衛一 13 小林勇生
14 樋口健吾 16 早川豊   深堀益平
18 古川賢一 19 桑原正積   郷道哲章
  西村博行   宮沢純男    
20 小坂吉正   佐々木正明   町田隆夫
21 小田切治世   蔵谷伸一   鈴木富夫
  芳川和久 25 岩戸啓一 27 上田裕康
28 小田切裕治 29 佐々木正  

(事務局長 鈴木 富夫 高21回)

三星会 総会

■平成12年度三星会(長中・長高排球班OB会)総会は、今年も会場を長野駅前「油や」にて4月22日午後6時より開催されました。高野学校長はじめ笠原高体連理事長、湯本宣政元監督・飯島秀幸元監督、浜田女子バレー班監督、現役排球班(男子)・女子バレー班、OB等総勢80余名が出席しました。
■総会は草間稔君(高26)の司会で劔持幸次副会長(高7)の開会の辞で始まり、続いて仁科恵敏(高4)会長の挨拶。ご来賓の先生方の紹介後、今年度より着任されました高野学校長よりご挨拶を頂きました。議事に入り、事業報告&計画・会計報告<事務局>、会計監査報告<阿部仲雄(高9)>、CD完成報告<中島庸介(高4)>等が報告・承認されました。
■引き続き排球班(男子)及び女子バレー班の現役紹介をし、仁科会長より助成金が贈られました。会場のすぐ近くで中学時代の同級会に出席されておりました和田安夫(高6)先輩が途中駆け付けてくださり一緒に記念撮影をしました。桑原英明(中43)先輩の音頭で乾杯。今年も昨年以上に20代、30代の若手の出席も多く、大盛会となりました。
■中島庸介副会長の指揮で校歌『山また山』班歌『暁鐘の歌』を歌い、東京から駆け付けていただきました宮澤武史(高2)先輩のご発声で万歳三唱。荒井豊副会長(高12)の閉会の辞で無事12年度三星会総会は終了しました。
■若手から大先輩まで幅広く多数のOBが出席し、現役も排球班(男子)と昨年同様女子バレー班も招待しました。また、OBチームを結成し各種大会に参加し活動していく事が提唱され承認されました。谷口博一君(高40)を中心に準備を進めていきます。
■今年は、桑原英明先輩のご尽力により5年ぶりに三星会名簿改訂版を発行しました。不明の会員・転居されました会員の消息をご存じの方がいらっしゃいましたら是非事務局・若林幸雄(高25)迄お知らせください。
■今回ご都合が悪く出席できなかった諸先輩の皆様、是非とも来年度はお越しいただけるようにお願い申し上げます。

(若林 幸雄 高25回)

東京北ラス会(高9回同期会)開催

■長野北高等学校ラストの卒業生の会という意味で「北ラス会」と自称しているが、その東京支部が例年通り、2000年5月13日、有楽町の日本外国特派員協会のダイニングルームで開催された。54名の東京会員に加え、長野から藤島、北沢、斎藤、塚田、綿貫ら5名、恩師巣山、斎藤両先生の総計61名が出席されて盛会であった。
■松島常任幹事が日本外国特派員協会の会員のため、毎年5月連休の直後の第2土曜日にこのダイニングルームで東京北ラス会が開催されるようになって久しい。このダイニングルームは現在辻原登の日経連載小説「発熱」の舞台になっているが、ここからの皇居方面の景観には特別のものがある。
■才口、加畑、羽方常任幹事を中心に毎回幹事を交代で持ちまわりをしているのも、長続きしている一因であろう。最近は電子メールなど、便利なものが普及した結果、今年の幹事に指名された宮尾、茂住、野村、近藤、小野、青木の6名は前の幹事からの引継ぎ会以降一度も集まることなく電子メールの連絡だけで幹事の役を果たしおえた。といっても中心となった宮尾幹事が全ての采配を振るい、小粥が収集した情報を辿って京都の施設に居られる池田先生のお見舞に出かけたり、会場の契約時には松島常任幹事ともども有楽町の事務局に出向き、詳細を詰めるなど特段のご苦労があったことを申しそえる。
■東京北ラス会に登録されている会員数は197名だが、よく出席するメンバーはその3割の60人くらいのため、幹事の役も10年でめぐってくることになる。さて我々も還暦を過ぎたわけであるが、悠々自適モードに入られた方は20名強で、まだ、10%程度である。東京北ラス会には医者が11名居る。人口比6%で多い方だろう。そろそろ自分の健康も気がかりな年齢となってきたので、心強いかぎりだ。といっても医者の不養生であまりあてに出来ないかもしれぬが。
■今回、顔写真付きの名簿作成の準備も完了。次回幹事もきまり、来年の5月12日、同じところで開催予定である。またお会いしましよう。

(青木 一三)

長中第40回生同窓会

■今年は12年5月14日午後の善光寺本堂での物故者法要にはじまり、湯田中ホテルよろづやでの総会、会食で語り合い、翌朝9時過ぎ再会を約して解散。
■喜寿を超える年配者の集まりとしては主催者への返信も95%超で、参加者31名(湯田中26名)の出席。遠路からでは高松の松崎君夫妻と、愛知県の刈谷市から初めてこの会に出た田島君夫妻。出席の皆さん年齢は感じるが、それを越える元気さが、随所に感じられた。
■草薙会長の動議が満場一致で認められ、長年この会の維持発展に努めて頂いた峯君への表彰状、記念品目録の贈呈と、同じく風間君の表彰動議が異議なく採択された。
■総会後の宴ではお年柄話が多く、戦中の苦労談や秘話など。オリンピック前の準備時の年寄り達の土地売込の話など。その時々の世相を反映した悲しくなるような内容も、語り手のサラリとした話ぶりに救われた感。
■喉自慢の人達の大声での歌も心地よく、驚いたり感激したりの話はやはり最高のこの上ないお肴だった。
■よろづや社長の小林一茶記念館の紹介。軽妙でウィットに富んだ草薙君の語り。終止、ところどころで顔を出し、しゃべり歌ってくれた峯君。その他横田君、和田君外の皆さん、本当にご苦労さま。心暖まる一時を過ごさせて頂いた。有難とう。  

(峯君よりの指名で。田島)

長中38会 傘寿を祝う総会

日時 平成12年6月5日〜6日
場所 戸倉上山田温泉 笹屋ホテル
■文武両道で質実剛健 至誠一貫 和衷協同の校是と軍事教練が盛んで、国の為ということが中心で、当時の校歌「海行かば」がぴったりでした。38回卒業ということと38式歩兵銃とが重なり、一年生の時から三八会と称し、一種の誇りをもってきました。2年前には全国制覇を果たされた先輩との稽古が出来ましたが、部長先生も先輩も私なりの努力を認めた親身の指導が頂けました。
■今回の総会でも司会に立たれた橋詰幹事から、卒業後の戦争の為に戦死者・戦没者を含む物故者追悼の辞がありました。(昭和13年卒業時同期生175名中物故者96名・消息不明15名を加えると111名で、本日の傘寿者は64名とのこと)加えて福沢幹事から母校100周年記念の金鵄健児愛唱歌集23曲入りのCDと記念絵はがき(眼光、炯炯の象山先生の肖像画を含む)を頂戴し、宴酷青春の気が再燃し、次は米寿での再開をの意見で一致し、声高らかに「山また山」の校歌の斉唱となりました。翌朝はゴルフ組は元気に早立ちし、見学組は石堂町の戸谷さんのご案内で県立歴史館で郷土の感動を更に深め、別班は宿の車で途中八幡宮で米寿の再会を祈願されて長野駅に戻り、午前11時元気に解散いたしました。
■左上の家書は「金石交」とありました。
■一列目左から久山郁夫、唐沢保雄、神田(横尾)泰治、金子盛太郎、内堀明、幹事・橋詰五郎、太田実、二列目大村(宮下)重雄、矢野恒雄、戸谷義雄、三列目幹事・福沢千明、田中章二郎、阿部(太田)幸男、矢島伯好、佐相旭、小平一茂、小池浩

(小平 一茂)

長中37回同期会

■毎年恒例の長中37回(みなの会)は平成12年6月10日第44回目を問御所のやま茶屋に於て3時より、20名が集まり開催した。
■昨年より同期生の話を宴会の前に聞くことにした。昨年は現役の医者である上田市内科医の熊坂年成、長野市皮フ泌尿科の嶋田勝夫の両君に、老人の為になる話を2時間に亘って聞き、本年は長野郷土史研究会長小林計一郎君に善光寺に関する話を1時間半に亘り聞いた。来年は45回目の節目の年なので何かをやることにしている。又数年前より出欠と近況を書いた返信ハガキ全部をコピーして全員に近況返信報告として郵送しているが、これも中々好評である。
■まず本年度幹事風間準造君の開会の挨拶、事務局より年間亡くなられた4名の報告と黙祷、そして東京より出席の長坂強君の乾杯で酒宴に入った。
■お互い傘寿を過ぎ酒量も少なくなったので、その代わりに自己紹介の時間をゆっくりとって、お互いに現在の近況を語り合った。これも新しい生き方を教わったりして中々有意義だった。
■最後に恒例の校歌応援歌の合唱となった。数年前より脳硬塞で奥様同伴で出席の伊東六雄君は、手足と言葉も不自由だが、校歌応援歌になると中央に出て背筋を伸ばし言葉もはっきりと元気よく歌い、我々の忘れていた応援歌を次から次と歌うのには我々一同共に驚いた次第、何時までも元気でいてほしい。
■予定の時間になり来年もまた元気で逢うことを約束して閉会散会した。

(滝沢 徳太郎)

長中二九会北組(北友会)6月17日開催

○今年の同級会は上山田温泉で集まる者5名内2名婦人同伴。食後声高らかに山又山を歌ったら学生時代の気分に戻った。翌日姨捨山で風景を楽しんだ。日支事変から太平洋戦争へと戦争にあけくれた時代を生き抜いて生きておれるのは幸運児という外はない。
(川崎 町田 尚)
○はからずもクラス会の帰途八幡さん(八幡神社)を訪ね、昔の思い出が蘇りました。幼い頃より母から、八幡さんはお前の守り神だと聞かされよく参拝した。戦前戦後の参拝は昭和13年10月の出征時でした。今回はその後60余年過ぎての参拝であり、誠に感慨でした。
(横浜 杉谷 栄助)
○長中時代北組を今に生かす幹事南沢次勇君の従慂に従い、駄句に責果たす。
 こぞ一人  今年ひとりと  友の消ゆ
 米寿越えし 耳に響くや   日新鐘
 若き日よ  一日のただただ 美しく
 トンネルに 信濃路辿りし  夢遠く
 とつ国の  事のごと浮ぶ  長中時代     
(逗子 山本 正男)
○88歳の僕らが入学したのは大正13年。長野中学開校当時入学した人がご存命なら113歳以上です。学んだ校舎は懐かしいもの、前身の支校は明治26年に発足して城山の皇典講究所(神社庁)で出発、同年西長野に新校舎を建てて32年に独立し、40年後昭和15年に現在の上松へ移転して60年、20世紀に育った学校でした。 
(長野 中村 一雄)
○悼 今井千仭君
 通夜の灯の 洩るる庭先 さみだるる
 友葬る   梅雨冷老の 杖曳きて
 梅雨晴の  焼香絶え間 なき葬儀
信濃路
 アルプスを 望み戸隠  田を植うる
 浅間嶺を  仰ぐ古城  址木の芽晴
 霧しざり  しざり輝く 山の湖
(長野 南沢 次勇)
              

市中1回生「星友会」総会

■市中1回生同期会の「星友会」は、母校創立60周年の記念総会として、6月23日、東京や大阪から来た友もあり、長野駅前「油や」で行われました。
■総会はここ10数年毎年行われてきましたが、前回より1年おきとなり、今回は、体調が悪く欠席者も多かったのですが、28名が出席しました。
■内川鉄朗君(荒井孝・平成11年11月28日死去)、雨宮徳衛君(平成12年4月7日死去)に黙祷を捧げてから総会をはじめ、代表幹事宮尾和一良君の挨拶のあと、ただの懇親会だけでなく、高齢となっているのでどう生きるか、医師黒田惣一郎君による健康のための資料が配布され、また投資ベテランの佐藤要君による「年金活用と投資」の講演があり、実に愉快な話でした。
■帰りには、記念の写真も出来上がり、また市中後輩の金子晴雄君により撮影された「長野市航空写真集」を、思い出としてみんなに進呈されました。
■なお、解散後も二次会に繰り出して大いに気勢を挙げ、新幹線の最終便で帰った者もいたりして、楽しい有意義な総会でありました。

(小林 昭穂)

吹奏楽の草分けを証す記念植樹挙行
〜歴史の節目を祝う吹奏楽班甲子会(きのえねかい)〜

■長野県の諸学校の吹奏楽の起源と呼ばれ、宮内省式部寮(現・雅楽部)の流れをくむ長野中学の音楽隊=ブラスバンド=(学校創立3年目の1901年)誕生の歴史があり、明年の2001年が百周年である。また明年は、長中10回卒の医学博士・仲俣謹一郎先生(現校医の仲俣英夫先生・中45Aの父君)の篤志に依って吹奏楽として甦った1936年から数えて65周年にもあたります。こうして長い歴史を築いたOB・OGは今日では700余名に達している。
■吹奏楽班甲子会(きのえねかい)(代表幹事・塚田貞俊氏 高15回)は班史に関与し、仲俣謹一郎医博(1890-1962)のご生誕110年にあたる今年(2000年)3月、関係各位に声を掛け、金鶏会館東前庭に於いて長野県の学校吹奏楽の起源と医博のご遺徳を証す記念植樹を挙行しました。記念樹は関山桜。
■記念懇親会は6月24日(土)18時半、吹奏楽班高15回の滝沢功氏経営の『かよう亭』に桜井聡先生をお迎えし、医博の生家の牟礼でお別れの演奏をした思い出を持つ宮沢四郎氏(高17回・相模原市在住)の乾杯の音頭で熱気を秘めて祝宴に入った。盃を交すにつれ懐古談に解説者も登場。三橋努氏(高15回)が持参された入学時の『生徒手帳』や『アルバム・長野高校百年』は珍談奇談資料に肥大化し矯正不能。宮島勝芳氏(高15回・目黒在住)の指揮で再会を約す校歌を唄ったのは22時であった。

(横田 稔 高17回)

高校11回生同期会

■平成12年6月26日還暦記念の同期会を開催した。高校卒業以来436名それぞれの41年余の道であった。
■案内状を発送して間もなく恩師の先生方から心温まる御返事をいただいた。『還暦を迎えられおめでとうございます』と申し合わせでもされたかのように書き添えられていた。『還暦』当時者からみると面映ゆい気持ちと未だ遠くにあって欲しい感情も居合わせて、素直には認知しがたい意識が前面にあった。
■しかしながら名簿の整理中どうしても目が留まってしまう物故者の欄、級友から次々と届く返信の本文、言外から伝わる個々の途の険しさ、傷病に悩む者、家族に病人を抱える者……。どんな道を歩んでこようとも十干十二支の一巡を迎えられるということは先ずはおめでたい事であるのだと実感した。
■当日午後2時、今回元気で再会出来ることに感謝し、無念にも今日を迎えることなく他界された級友28名の御冥福を祈って善光寺本堂で法要を営んだ。
■今回はふるさとの山飯綱山の麓ホテルアゼィリアを宿とした。日照は一番長い時とはいえ梅雨のさなか、天候については賭のようなものであった。支配人からは飯綱では一年中で一番素晴しい時ですよとの勧めでもあったが。幸にして曇りがちとはいえ好天であった。宴会までの間、信州の緑を満喫していただいた。
■「宴会」語るを要しない。ただただ時計の進むのが恨めしいのみだ。当夜各部屋で深夜まで盛り上がったことは云うまでもない。ただ開催のたび酒量が減って来ているのは喜ぶべきことなのか?淋しいことなのか。
■翌朝ゴルフに向かう者、高原散策に行く者、お土産を買い求め実家、家路につく者。共通する思いは次回も元気での再会を期しておることであった。
■今回の参加者のべ同期生102名、恩師の先生方6名であった。

(内山 威)

長中33回同級会

○まえがき
■幹事の私依田は、86才。昨年から腰を傷めビッコ同然。左耳も半ツンボ。会の始まる前の事務なら、何とかしよう、開会以後は他人に頼む算段で準備に入った。
■次の案内状をかけたのも36名、「註」(南山は中国の崇高な山、東海は同東支那海、因に韓国では日本海を指す)集った友は少なく、笠井高夫、関森重令、中野幸雄、左治木清三、若林政見、徳永富久君と私の七人の侍、4年前から招待した英語の恩師大井巌先生の二男大井淳氏を加え8名(写真)。
■返事をくれた友33名、欠席の理由は皆老化現象で年相応のもの、今ピンピンしている君は10名と数えられまい。
■物故者の井原寿一君は今年の3月12日、小林亨君は昨年8月9日、万羽浩君は本年2月6日に他界した。

■彼は名古屋で私と会ったことがあり、最も親しくしていた笠井君はこの返信で初めて知った模様。
■これは中学卒業後上級をめざし、東京の下町で職工しながら苦学四人組(上記二人と杵渕茂、伊藤幸四郎君)で、ここ35年、奥方と一緒の同伴会を結成し、湯田中、長野周辺、名古屋城、能登半島界隈を時に応じ飲み会を催していた。それが嵩じて最近まで約20年、前記笠井、杵渕君を中心として別に藤井常夫、中村秋広、篠原文雄(以上故人)左治木清三君に私も加わり、折々小型同伴三三会を開きその飲み仲間であったからである。
■会は、さすが昔の猛者連中の集まり、談論風発、時を忘れてしまう有様。左治木君は全く久し振り、しかも東京から一人旅。数年前故丸山孝四郎君謎の妙義山中の死に後日、彼一人山中を追跡したという奇行の士。若林政見君、気丈な人。長年、病妻の見廻り食事、洗濯一切よくガン張っている。関森重令君、趣味のゴルフ、益々腕をあげ今達人の境地にあるという。その健脚とても私の及ばないもの。中野幸雄君、達者そのもの、いつも輝く彼の眼と皮膚、聞くと百姓で鍛えたという。徳永富久君も全く同じ、同じ幹事。
■さて、ここまで書いてきたが、手は震え、頭の中は白くなって来た。楽しもうと思ってきた事務も繁多になった。これまで…。
■仕事をおし進めながら、つい洩らした文句は次の通り
 生き死に手行き戻りつ老名簿
 夏至に梅雨花静かに吾老いぬ
○百年史奇聞 二件。 世紀にわたる歴史の中で私がよく分からず知りたい事柄が二件ある。お知りの方がありましたら、是非お教えください。
 (1)次項関連で河野通勢画伯の長野での若き時代
 (2)校歌「山また山」が映画のBGMになった時
■戦前か戦中の頃か、校歌の高らかな響きにのって大勢の子供等が安曇野を白いアルプスを背に走る光景、白馬駅からか山の大写し、一転、市内城山小学校裏の坂道、小石橋、横沢町の冬の屋並み…。瑞穂春海監督(長中28回)に人を介して聞いたが確証が得られなかったもの―。
○あとがき

■後で徳永幹事と創立百周年事業と関連して、河野通勢画伯がどうも私の親戚で、善光寺山門東向側でみやげ屋の宮島さん(現在そば屋)宅にいたようだ。関東大震災当時、一時七瀬の私の家に居た頃、土蔵の二階に松、地蔵燈籠等堂庭風景の水彩スケッチが梱一杯雑然としまってあったのを覚えている。小学二年生の私は何も知らず一枚も残しておかなかったことをはじめて口にした。
■又画伯の筆になった佐久間象山先生は漢文に通暁していて時の志士、吉田松蔭先生とお互に漢詩で文通していたことを、漢文の岡川温毅先生から教わっていたことを話しておいたところ、数日にして彼は次の櫻賦を数枚コピーして送ってくれた―。
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(徳永 富久、依田 盛男)

高17回同期会開

■平成12年7月1日(土)、長野高等学校同窓会の当番回期として、高17回は総会、講演会、懇親会を担当した。100周年記念行事の後のことでもあり、また総選挙も絡んで日程調整に苦慮した結果での開催ではあったが、講演会講師に同期の竹前長野市民病院副院長に登場してもらい、同期生50名程と高29回の後輩20数名が対応して、規定義務を果たした。次回平成13年度の当番回期、高18回・30回の諸兄に会旗、学帽を引き継ぎその任を終了した。
■場所をかえ、権堂かよう亭での同期会はなごやかな談笑から始まった。例年の長野地区の同期会に加え、今回は当番回期の義務履行のため、関東方面からも参加者があり、遠方からの出席者から、近況と自己紹介をしてもらった。あまりに久方ぶりの顔見世に、クラス・姓名・顔と、お互いに認識が一致するまで約1時間。10年前、卒後30周年の記念パーティに長野で見た顔、5年前の東京での卒後35周年パーティで見た顔、あの時もずいぶんと大人の風格というか、早い話が「老けた」と感じた人相がまた一段と「オヤジ」の雰囲気が増加した集団になったような、感慨深い再会ではあった。女性3名も今回は参加し、同期生名簿と不明者名簿をたよりに、元のクラス毎に識別できるようになったので思い出話に花が咲き始めた。一方、息子、娘も長野高校を卒業したとか、進学したとか、あるいは孫の話もちらほら出始める年代での同期会は今後のことを決めておくことになった。
■2000年に当番回期を終了した機会もあって、来年から21世紀の1年目は1組・2年目は2組といった順番で幹事クラスを定めて同期会を開催し、2005年、5組が幹事の年は卒業45周年の記念大会を開催することとして本年度の同期会は終了した。また、不明者の発見も併行してすすめ、お互いの所在を確認して連絡を取り合うことも約束して散会。

(佐藤 友治)

高10回首都圏地区同期会(山々会)

■平成12年7月8日、東京九段のホテルグランドパレスにて恒例の同期会を開催いたしました。圏外からの出席者8名を加え56名の活気ある会となりました。
■中村直靖君の名司会で幕をあけ、笠原忠興君の開会挨拶、田中美留君の事務局報告に続き、峯村公雄君が残念ながら先立って鬼籍に入られた24名の同期生の名前を読みあげ、全員で心から冥福を祈って黙祷を捧げました。その後小林正典君の発声による乾杯を挟んで青沼寿一君の長野現地報告、野村元久君の東京長高会報告と進み、長田信一君の会計報告の後,各クラス毎の出席者による近況報告を行いながら懇親会へと入りました。
■私達は終戦を迎えた翌春に小学校に入り、それから12年余の学業を終え大学に進む者又は社会人となり、そして日本の高度成長を支える一員として、豊かな生活を求めて働いてまいりました。しかしながら今年3月には全員が還暦を迎え、それと同時にかなりの者が職を離れ職縁社会から地縁社会へと移行する時期になりました。会場で交す会話も、年金、帰郷と親の介護、相続、健康、ボランティア活動、再就職とこれまでとはかなり内容が変わってきました。会が重ねられ老境にさしかかると人や環境に対し会話も素直になれるのかも知れません。
■鶴田哲郎君により会が閉められた後、須田荘一郎君のエールにより信濃の国、校歌が声高らかに斉唱され、午後3時に始まった会も3時間を経て散会いたしました。しかしこのまま解散するには名残惜しく大半の者が用意された二次会場へと足を運び再会を約しました。

(岡本 文孝)

大阪長高会総会を開催
〜会長が嶋倉宏氏から北村恭二氏にバトンタッチ〜

■長野中学(旧制)・長野高校の関西地区の同窓会である大阪長高会の平成12年度総会が、7月14日(金)午後6時から大阪・北浜のライオンズホテル大阪で開催されました。
■今回は、中学29回から高校28回までの36名が出席。はじめに「脳外科疾患の治療のあれこれ」と題して、神戸市看護大学短期大学部教授(神戸市立中央病院脳外科)伴貞彦氏が講演、脳動脈瘤、脳硬塞、脳腫瘍などの症例と最新の治療法、脳硬塞の予防など、治療の成功事例もあり、大変わかりやすくお話しいただいた。講演は、昨年に続いて2回目です。
■総会では、嶋倉宏会長(高3回)のあいさつのあと、新会長に前大阪証券取引所理事長北村恭二氏(高4回)を推薦したい旨提案があり、満場一致で承認されました。
■北村新会長は就任にあたり、理事長を退任し若干時間ができたので、長高会の発展に尽力したい旨あいさつがあり、総会を終了、懇親会に移りました。
■懇親会は最高齢(長中29回)の渡辺厚氏の乾杯の音頭で開始され、初参加の会員の自己紹介、若手メンバーの近況報告、紅1点の亀田洋子氏、前回優勝者若狭宏行氏からゴルフコンペの案内(10月14日予定)など次から次に登場して、大いに盛り上がりました。結果的に全メンバーが近況・学生時代の思い出など何らかの話をすることができ、フィナーレには、校歌「山また山」と「信濃の国」を峯村潔氏(高7回)のリードで全員で歌って、会の発展を祈念した万歳で締めくくりました。
■大阪長高会は、年2回,新年会と総会(懇親会)を開催、またゴルフコンペも実施しています。関西在住の同窓の皆さん、是非ご参加ください。

(高坂 昌利 高13回・長野市松代出身)

長中43回同期

■長中43回同期生会の総会は、平成12年7月22日ホテルメトロポリタンで開かれた。参加者は例年よりやや少ない49名であったが、県知事としては最後の出席になる吉村午良君をはじめ、卒業以来57年ぶりという東京の山本幸四郎君ら県外から6名も加わり、盛大に行われた。席上吉村知事から、仲間の羽生紀夫君が県に1億円寄付したことが紹介された。すでに新聞に掲載されていたが、初めて知った者も多数おり、一同に改めて大きな感動を呼び起こした。
■ところで、われわれの会は現役時代の職業別に「県庁」「郵政・電電」「国鉄」「教員」「医師・一般企業」の5グループが毎年回り持ちで総会当番をつとめる。12年は「医師・一般企業」が当番であった。
■前年当番の教員グループ代表伊藤博夫君が『日新鐘』39号に「年年歳歳花相似たり」と記したように、会そのものは例年どおりであったが、初の試みとして欠席者が返信ハガキに寄せたメッセージを特集して印刷し、出席者名簿や1年間の物故者一覧とともに、出席者はもとより欠席者全員に送付した。たまたま同窓会が100周年募金拠出者にCDを贈ることになったので、寄金者にはそれも同封したわけである。
■今まで欠席者には、なしのつぶてで、特に県外の同期生とは意思の疎通を欠いていたが、3月から6月にかけて5人がばたばたと逝ってしまったことや、仲間の動静がよく分かったと感謝の便りがぞくぞく寄せられ、労力はかかったが当番冥利に尽きる思いであった。

(桑原 英明)

高32回卒業20周年記念同窓会

■去る8月12日(土)、我々長野高等学校第32回生の卒業20周年記念同窓会がホテル国際21で8名の恩師の先生方をお迎えして、盛大に開催されました。この同窓会は、先輩の皆様方から代々引き継がれており、今回も卒業生22名が発起人会を結成し、昨年夏より準備を進めてきたものです。
■当日は、小林芳先生、古川進先生、池田実先生、横田正義先生、小林政男先生、坂本俊夫先生、梨本雄三先生、植田侑申先生を始めとして、卒業生431名のうち183名という大勢の方々や同窓会事務局の丸山事務局長、31回生の先輩・33回生の後輩の皆様方にもご出席いただき、予想以上の盛会となることができました。(瀬川律敦先生はご都合がつかず欠席されました。)
■物故者追悼、同窓会会長挨拶に続き恩師の先生方が入場され、昔の思い出や近況についてそれぞれたいへん元気なご挨拶をいただき、一同感無量でありました。歓談になりますと、各クラスの仲間、そしてクラスを超えて懐かしい友達と旧交を暖めることができ、時間の経つことを忘れる位でした。
■さらに、元応援団によるエール・校歌斉唱を行い、万歳三唱で幕を閉じたわけですが、卒業後20年を経過して、社会の中で様々な職業に身を置き活躍している仲間が再会し、新たな交流の輪が生まれたことは、誠に意義深いものであったと思います。
■発起人の面々は忙しい時間をやりくりしながらも10回を越える会議を開催しましたが、名簿作成率97%という気合いの入った準備が盛会に結びついたものと思います。なお、収支において出ました若干の残金は長野高校同窓会へ寄付させていただきましたことを追記しまして同窓会開催報告といたします。

(土屋 龍一郎)

創立75周年記念籠球班OB

〜第25回長野県四高校バスケットボールOB定期戦記念大会の開催〜
■去る8月12日(土)県内の四高校(長野、松本深志、上田、諏訪清陵)バスケットボール部(籠球班)OBによる標記大会が、本校体育館を会場に行われた。
■今大会は、遡ること20数年前、1979年(昭和54年)7月29日に本校籠球班の在京OBの提唱によって、東京において第1回が開催され、以後毎年1回主として国立代々木第2体育館を会場に行われてきた。当初は四校が持ち回りで幹事を務めてきたが、その後各校から幹事を出して実行委員会を組織し、その運営にあたってきた。
■回を重ね、10回目の節目の大会を契機に、5回毎に記念大会とし、10回目は松本市、15回目は上田市、20回目を諏訪市と各校の地元で開催し、同時に現役チームによるリーグ戦も行ってきた。そして、25回目の今年、長野市においての開催となった。
■当日は、午前9時より開会式を行い、OB戦、現役戦ともチーム総当たりの各6試合を行った。会場となった長野高校の体育館には、本校OB約80名(20代から70代まで)と他校OBを併せ約130名が来場した。また、現役も計約120名の選手が参加し猛暑の中、まさに`熱い?'
戦いが繰り広げられた。結果は次のとおり。

注) (  )内は、勝、負、引き分け。
順位 OB戦 現役戦
1位 長野高校(2-0-1) 松本深志高校(3-0)
2位 上田高校(2-1) 上田高校(2-1)
3位 松本深志高校(1-1-1) 諏訪清陵高校(1-2)
4位 諏訪清陵高校(0-3) 長野高校(0-3)


■今大会の開催にあたり、SBCラジオ番組「武田徹のつれづれ散歩道」(武田徹氏、昭和40年卒)に各校のOBが出演し大会の告知がなされ、また、当日はテレビ信州、中日新聞社(別掲)等の報道機関の取材もあった。

■午後6時からは、会場を「ホテル国際21・藤の間」に移し、四高校OB計約120名による大懇親会が行われた。
■本校籠球班OB会長・斉藤博氏(昭和22年卒)のあいさつ、松岡憲四郎氏(昭和40年卒)の本定期戦の沿革についての話があり、高原謙司氏(昭和32年卒)の乾杯で歓談に入り、引き続き、他の三高校の代表のあいさつ、ゲスト武田徹氏(前出、昭和40年卒)の軽妙なトークを交えながら、和気あいあいとした雰囲気の中で会は進んだ。年代別に分かれた各テーブルでは、各校OBが入り乱れ、かつてのライバル同士が、往年のプレイを酒の肴に、昼間の熱戦に劣らぬ勢いで盛り上がりを見せた。後半に入り、当日の成績発表、表彰が行われ、各校OBが順番に壇上にあがり、校歌、応援歌を披露し、エールの交換を行った。最後に全員で「信濃の国」を唱い、万歳を三唱して盛大な懇親会は閉幕した。
■その後、本校OBは、葵の間に席を移し約80名による長野高校籠球班OB懇親会(写真)を行い旧交を大いに温めた。
■昭和20年代半ばから30年代を通して長野県の高校バスケットボール界をリードし続けた本校籠球班も昭和39年の優勝を最後に、既に37年間、県制覇から遠ざかっている。現役部員の大いなる奮闘を期待し祈念するものである。

(松岡 憲四郎 昭和40年卒)

かもしか倶楽部

〜小池昭彦君(高44)シドニーオリンピック出場〜
■平成12年度かもしか倶楽部(長中・長高陸上班OB会)総会が長野駅前の「ホテルメトロポリタン長野」で8月12日夕方より開催され、盆の帰省組もあり中32回から高51回まで約50人もの参加がありました。
■昔話やら最近の事まで様々な話題に花が咲きましたが、とりわけシドニーオリンピック50q競歩代表となった小池君は長高陸上班OB初のオリンピック選手で、当日はメキシコでトレーニング中のため欠席でしたが、話題の中心となり大盛会でした。
■その後、小池君は8月24日に長野市を表敬訪問し、塚田同窓会長より激励を受け、同席した小口幹事長(高4)がかもしか倶楽部からのお祝いを手渡しました。引き続き母校を訪ね、高野学校長・田島監督・丸山同窓会事務局長・現役陸上班員から激励を受けました。
■結果は、陸上競技唯一のフォーム判定を伴う競技故、途中失格という残念なことになりました。しかし息の長い競技ですので、今後の健闘を期待すると共に後輩諸君にも是非後に続いてもらいたいものです。

(新井 精一 高22回)

アルバータのピッケル安住の地へ

■創立100周年記念事業で、長高山岳OB会が保管していたピッケルの石突き(二つに折れた先の部分)をカナダ日本両山岳会長等を長野高校へ招待して山岳会へ贈呈しました。このピッケルは75年前(1925年)日本山岳会の大先輩達がカナダのマウントアルバータの初登頂に成功して頂上へ記念として立てて残して来た物です。これは強力な後援者であった細川護立侯爵より贈られた物でした。そして23年後、第2登に成功したアメリカ隊が持ち帰りましたが、その際氷の中に埋まっていた先が折れて残ってしまいました。
■それから17年後の1965年、長野高校OB山岳会が第5登に成功してこの石突きを見つけ長野へ持ち帰りました。しかしこの時点ではこの石突きはどこのパーティが残して行った物か全く分からなかったのです。
■そしてこのピッケル本体は永年アメリカ山岳会に飾られておりましたが、5年前にカナダの強い要望でカナダ博物館へ譲られました。100周年の行事でピッケルに纏わる講演をされた学習院OBの芳賀孝郎氏は、1966年このピッケルを見て先が折れていることを知り、数十年来この先を探し求めていたのです。
■2000年はマウントアルバータ初登頂75周年にあたり、カナダと日本で行事を行いたいと数年前より検討していました。そこへたまたま1997年長高山岳OB会が保管していた石突きは初登頂者が残していった物と判明したのです。2000年の夏、麓の町ジャスパーの博物館へ永久に保管展示することになり、ジャスパーの大勢の人達の前で合体させ披露し、祝ってもらいました。これには日本からも長高OB会を含めて80人の山仲間がハイキングを兼ねて参加しました。
■カナダ、アメリカでは初登頂直後からこのピッケルについて、天皇が銀のピッケルを贈ったと不思議な噂が広まっており、今でもジャスパーの子供達まで知っているほど有名で興味深い話となって伝わっていました。
■OB会より1965年の写真と記念になる品物を色々贈呈したのですが、この度は博物館やカナダ山岳会等からこの式典において色々な記念品がOB会へ贈られました。この記念行事には2ドルの記念硬貨も発行されました。これに関連してこの夏発行された山岳雑誌には、OB会より昨年贈った写真も数ヵ所に掲載されました。この式典は両国の国旗を掲揚し、国歌を斉唱し盛大に執り行われました。またアルバータの画の周りに関係した参加者全員の寄せ書きをして記録を残す等長野と全く同じ事を行いました。
■この様に長野高校はジャスパーの町やカナダ山岳会へ大変貢献したのでした。山男の魂と言われるアルバータのピッケルは一体となって日本、アメリカ、カナダ山岳界における共通の歴史の象徴となり、永遠の遺産としてアルバータの麓の町ジャスパーを安住の地として保管されることになりました。 

(OB山岳会 原 謙一 高8回)

長中45(B)会会報「春草の夢」
   ついに33号にいたる

■われら45(B)会では、昭和53年に会報「春草の夢」を発刊して以来毎年欠かさずに1〜2回の発行を重ね、今年でついに33号となりました。
■このような会報の継続発行は、他の学年ではあまり例をみないようですが、われわれは、歴代の幹事の努力と原稿を提供してくださった会員の団結力で、22年の長きにわたって発行を続けてきたわけです。
■会報の内容は、総会報告、会計報告、幹事会活動状況、東京45会の総会および会員の動向、各組2名で計8名の原稿提供(割当)による随想、物故者の追悼文(親しかった級友の執筆)等盛り沢山で、B5版で10頁〜12頁の立派なもので、級友約180名に配布しています。われわれのクラスは既に古希を終えましたが、なお数年は発行を続けていこうと幹事一同がんばっております。
■また、45(B)会では、昭和52年には卒業30周年記念誌「春草の夢」437頁の大冊子を刊行し、全員の卒業時と現在の写真、住所、職業、家族、最近の随想(各人1頁分)のほか、在学時の各種記録等を掲載しており、現在でも貴重な資料となっております。 

(村松 隆夫)

長中45(B)会総会

■長中45(B)会総会は、30年近く毎年定期的に開催しておりますが、同窓会の方へ開催状況をこれまで全くお知らせしてこなかったため、「日新鐘」に一度も掲載されたことがなく、他の学年からはお前達は会合を持たないのかと尋ねられ、同級生からは何故記事にならないのかとおしかりを受けてきたような状況でした。今後は毎回原稿等を提供しますので、よろしくお願いいたします。
■本年の総会は、9月2日ホテル信濃路で開催、東京方面からの4名を含め、ややさびしいものの31名で実施しました。
■柳沢辰司君の司会で、物故者のご冥福をお祈りした後、佐治木弘視会長(会長は2年ごとに各クラス持ち回り、幹事は各級4名で計16名)のあいさつ、事業報告、会計報告をすませ、記念写真撮影のあとメインの懇親会に移った。白井隆太郎君の司会で進行、東京より参加の内村功君のあいさつ、乾盃、また東京より参加の長田米造君の見事なマジックショーと盛り上がり、時のたつのを忘れて飲み食べ語った。村松隆夫の中締め、最後は原平道君のリードで校歌「山また山」、我々の時代の校歌「海行かば」、「大和心」も斉唱し、再会を約して散会した。
■また45会東京会も20年毎年続けており、本年は6月24日スクワール麹町で開催されたので付記しておきます。

 (村松 隆夫)

長中45A同期会

日 時 平成12年9月9日(土)〜10日(日)
参加者 恩師 鈴木武平兵衛先生 同期生28名
会 場 圓山荘(上山田温泉)
■45Aでは会報「二拍子の青春」がお互いの結び糸となって、毎年同期会が開かれて今日に至っております。常任、編集、年番、各委員の努力と同期生の協力があってのことであります。
■さてこの度も出席各位は至極元気で相会し語り合うことができました。昭和20年を大きな変化の時として以来50余年、それぞれの職業において鍛えられて今日を迎えた同期の面々には、極く自然にある品位を感じとらせるものが備わっておりました。約2時間の短い語らいの場でありましたが、一人々々が人生の終章を心して生きようとする意志のほどが爽やかに伝わって参りました。なお200数名から出発した同期生のうち物故者は45名と確認され黙祷をいたしました。私ども年代の黙祷は若い頃と違って深いものがあるように思います。
■宴席が動いてあちこち対面場面が多くはなっても酒量が意外にのぼらないことを感じて、改めて同期生各位の社会的職業的鍛練の深さを思いました。
■当日止むない急用のため欠席の恩師湯本幸江先生、同期生2名に対し残念の意を表します。
■終りに母校同窓会館を4月以来再三にわたり幹事会に利用させていただき、さらに同期会総会に御厚志をいただいたことに厚く御礼を申し上げます。

(羽生公也、宮入知重、村松清次郎)

長中49期・長高2期全国一泊同期会

■2年に一度開かれる「長中49期・長高2期全国一泊同期会」は、平成12年10月22日夜、交通の便を考え、松本市浅間温泉玉之湯で開かれた。総勢55名。恩師の巣山正春先生 (化学) も元気に出席され、先生4冊目の著書「南砂織留」の話をされ、出席者それぞれに渡された。
■楠真幸君の幹事代表挨拶に続き、巣山先生の出席者点呼に、一人ひとりが元気にこたえ、先ずは忘れかけた顔と名前を確認。遠く松江より参加の西澤裕君の乾杯で会は佳境へと進んだ。
■昭和25年春卒。50年の歳月が流れても、気取ってなどはいられない。互いに揚げ足を取り、冷やかし合い、笑いの渦が輪をつつむ。昔、ストーブを囲んで笑い合った昼休みそのままの雰囲気が、会場のあちこちに出来上がる。さて、一次会はこのへんでと、櫻井一郎君のリードで、信濃の国、応援歌と続き、全員が背筋を伸ばし、校歌「山また山」を歌う。歌いながら思うは過ぎし青春への追憶か、亡き友への惜別か、凛とした歌声が会場に響き、地元在住の山上昭彦君の発声でバンザイ三唱、次回平成14年での再会を誓い、賑わいは二次会へ……。
■翌日はバスでの松本観光組・ゴルフコンペ組とそれぞれを楽しみ、「またな! 」と気楽に声かけ合って、それぞれの家路に別れていった。友達、それはなにものにもかえがたい。元気で!

(岩波 春喜)

盛上がった東海支部総会
−新会長に堀篭登喜雄氏−

■平成12年10月27日、東海支部総会が高校5回の監物さん、11回の早澤さん等幹事のお骨折りで、開校100年の記念すべき年に5年ぶりに開催されました。
■当日は中学42回から高校41回まで幅広く、会員約50名が名古屋市のど真ん中、栄の中日パレスの会場に集まり会場に流れる校歌の合唱に、開始前から和やかな雰囲気で盛り上がっておりました。
■総会では、会長を長らく務めておられた、中学45回の横田廣さんから、高校6回の堀篭登喜雄さんに引き継がれ、また副会長に新たに高校13回の池田紘一さんが選ばれました。
■挨拶に立った堀篭新会長は、東海地域はもの造りの中心地であり、また、新空港の建設によって世界に向けての新しい玄関口ともなる。この地に100年の歴史ある、優秀な長野高校出身者が集結し、地域発展の原動力となって活躍していることは誠に喜ばしい。今後も同窓会の発展に努力する、と力強く話されました。
■懇親会に入り、大先輩や、新人、また数少ない女性会員の卓話などもあり、最後に在校時代応援団長であった高校8回の伊藤実さんのリードで校歌、応援歌を声高らかに斉唱し幕を閉じました。
■なお、開催に際し、本部会長から祝電を戴きました。厚く御礼申し上げます。

(代表幹事 小林 敬 高6回)

平成12年度東京長高会総会と懇親会

■平成12年11月10日、恒例の東京長高会通常総会及び懇親会が虎ノ門パストラルで、首都圏在住の約200人の同窓生の参加により、高野新幹事長のもと高校25回生の当番で開催された。
■総会はまず校歌斉唱に続き、伊藤右橘会長の挨拶、次いで来賓を代表して本部同窓会事務局長の丸山義範氏と現学校長高野忠夫氏から挨拶を頂いた。また、塚田佐会長からの祝電も披露された。
■次いで高野幹事長から会計、会務報告を行い、年々参加者が減少気味であること、若い方や女性同窓生の参加促進等の課題も報告された。
■続いて副会長の才口千晴氏の乾杯で懇親会に入った。各学年毎にテーブルをセットしたが、テーブルを超えてにぎやかに旧交を温め合った。
■懇親会も盛り上がったところで、25回生から26回生に金鶏魂旗の伝達がなされ当番幹事の引継を行ったあと、信濃の国を斉唱した。その前に、開会に先立って歌った校歌のキィーが高く歌いづらかったという意見があったので校歌を改めて歌い直した。
■最後に元幹事長の藤原正道氏の発声で万歳三唱をし、無事に終了した。来年も誘い合わせて多数の同窓生が参加するよう、宜しくお願いします。

(木内 喜美男 高25回)

回期別対抗ゴルフコンペ団体戦(新ペリヤ)

第1回 平成12年7月23日 於信濃ゴルフ倶楽部
団体優勝 高6回 塩原静雄(74.4) 小野隆清(74.8)
             野本高志(78.6) 山崎登益(79.8)
個人優勝 小林一幸 (高21回)
ベスト・グロス 塩原静雄(高6回)(out45・in39)

第2回 平成12年10月21日 於信濃ゴルフ倶楽部
団体優勝 高4回 鈴木袈裟明(71.6) 岡田健(72.6)
            荒井一章(74)
個人優勝 岡義勝 (高14回) (71)
ベスト・グロス 田原敏明 (高19回)(out40・in36)
  ※()内数字はNET

 

寄贈図書

■「方言と川柳」鈴木武兵衛著(長中33回) 
■「信州の湖沼」落合照雄著(長中47回)
■詩集「六月のバラ」篠崎(諏訪部)道子著(高11回)
■「還り立つ満州―通化事件と通化に関わった人々―」木下勲著、森山誠之氏(中26回)寄贈
■「零戦最後の証言」原田要氏(長中34回)寄贈
■「平和への道のり」原田要著(長中34回)
■「波乱の航跡八十年―零戦の操縦席から幼児教育へ―」原田要著(長中34回)
■「鳥居川のほとり」矢野恒雄著(長中38回)
■「大宮御所の伝承と衣装」久保省吾著(長中32回)

社団法人金鵄会だより

市民大学日本歴史講座開催

■市民大学日本歴史講座は、好評のうちに開催されております。平成12年の講演は下記の通りでした。
いま明かされる古代U
平成12年4月8日(土)
 佐原真氏(国立歴史民俗博物館・館長)
 「大昔と私たち」
4月22日(土)
 菅谷文則氏(滋賀県立大学・人間文化学部地域文化学科教授)
 「日本の中のシルクロード文化」
5月27日(土)
 栄原永遠男氏(大阪市立大学・文学部教授)
 「飛鳥池遺跡と富本銭」
6月17日(土)
 吉岡眞之氏(国立歴史民俗博物館・歴史研究部教授)
 「平安時代の公家日記」
7月22日(土)
 杉本一樹氏(宮内庁・正倉院事務所保存課調査室長)
 「古代史の中の正倉院宝物」
8月26日(土)
 福尾正彦氏(宮内庁・書陵部陵墓課陵墓調査室首席研究官)
 「畿内における巨大古墳の消長」
いま明かされる古代V
9月23日(土)
 吉川真司氏(京都大学・総合博物館助教授)
 「東大寺の誕生」
10月14日(土)
 東野治之氏(奈良大学・文学部文化財学科教授)
 「聖徳太子と天寿国繍帳」
l1月11日(土)
 上野英二氏(成城大学・文芸学部助教授)
 「王朝貴族の虚像と実像」一業平・道長・光源氏一
11月25日(土)
 西本昌弘氏(関西大学・文学部教授)
 「古代の年中行事」
12月16日(土)
 金田章裕氏(京都大学大学院・文学研究科教授)
 「平安京の景観」

平成13年日本歴史講座「いま明かされる古代W」

第1回3月24日(土)
 今泉隆雄氏(東北大学大学院・文学研究科教授)
 「古代飛鳥の時計台」
第2回3月31日(土)
 寺崎保広氏(奈良大学・文学部助教授)
 「長屋王家木簡の意義」
第3回5月19日(土)
 和田萃氏(京都教育大学・教授)
 「亀形石造物の背景」―斉明朝の飛鳥―
第4回6月2日(土)
 吉村武彦氏(明治大学・文学部教授)
 「厩戸王子と聖徳太子」
第5回6月23日(土)
 清水みき氏(京都府向日市教育委員会主任)
 「長岡京の光と影」

池田満寿夫美術奨学基金の設置

■故池田満寿夫氏(高4回)の御遺族より金鶏会に1,000万円の寄贈があり、美術関係の大学に進学する学生の為の奨学金制度を設けました。基金の運営委員は、小坂健介氏、鹿熊肇氏、塩入隆氏(各高4回)、学校長の4氏にお願いすることになりました。
■平成13年度の奨学生は高野忠夫学校長の推薦により運営委員会で町田忠文君(信大教育学部)に決定しました。

高校米国研修8日間

No 月曜日 行程内容 食事
1 3/15(木) 長野8:30……東京……成田空港14:30頃(貸切バス)成田空港第1ターミナル16:55―(UA800)―ニューヨーク空港15:15・着後ホテルヘ(ニューヨーク泊) 昼/自由
機内食2食
夕/ホテル
2 3/16(金) 午前:国連本部訪問 (小林国連大使との面談予定)
午後:メトロポリタン美術館見学及び米国事情受講 その後長野高校OBと懇談会(ニューヨーク泊)
朝/ホテル
昼/レストラン
夕/レストラン
3 3/17(土) 終日市内研修(五番街、セントラルパーク、ソーホー地区、バッテリーパーク、ウォール街、エンパイアステートビル等)
ニューヨーク17:30―(UA1717)―ワシントン着18:52
朝/ホテル
昼/レストラン
夕/ホテル
4 3/18(日) 終日市内研修(国会議事堂、ホワイトハウス、リンカーンメモリアル、アーリントン墓地、ポトマック河畔等)(ワシントン泊) 朝/ホテル
昼/レストラン
夕/レストラン
5 3/19(月) 午前:スミソニア航空宇宙博物館見学
ワシントン13:30―(UA1988)―ボストン14:57
夕刻:ホテルチェックイン(ボストン泊)
朝/ホテル
昼/レストラン
夕/自由
6 3/20(火) ボストン市内研修(フリーダムトレイル、ビ一コンヒル、ボストン茶会事件船、ボストン美術館、ハーバード大、MIT等)(ボストン泊) 朝/ホテル
昼/レストラン
夕/ホテル
7 3/21(水) バスにて空港へ ボストン空港 10:30(UA883/シカゴ経由便) 朝/ホテル
昼/機内食
8 3/22(木) 成田空港第1ターミナル17:35
成田空港18:30……東京……長野23:45頃(貸切バス)
昼/機内食
夕/自由

■高校生の総合教育講座のひとつとして、アメリカ研修セミナーを計画しました。100名を超える応募者があり、その人気の高さに驚きました。40名の団体で、ニューヨークでは、OBの方々との会食も予定しております。

同窓会同期別ゴルフコンペ参加者募集

期日 平成13年9月15日(土)
場所 信濃ゴルフ倶楽部
※申し込みは事務局へ

モンゴル旅行参加者募集

■行程は昨年と同じです。費用は一部未定ですが、昨年並を考えています。概略は下記の通りです。
1日目 8月27日(月)成田より空路ソウルヘソウル泊
2日目 8月28日(火)ソウルよりウランバートルヘ、同泊
3日目〜7日目 モンゴル平原満喫、ホグノハーン、ツエンケル、ジグール、カラコルム等で宿泊予定
8日目 9月3日(月)ウランバートル市内、テレルジン国立公園観光、ウランバートル泊
9日目 9月4日(火)ウランバートルよりソウル経由帰国
◎旅行費用 約23万円、成田往復エコノミークラス使用、全食事付き、上記に含まれないもの 国内交通費、査証代、空港出国税、飲み物代
◎添乗員 日本より同行、モンゴル滞在中は日本語ガイドがつきます
◎募集人員 24名 最低催行人員16名
◎申し込み締切 平成13年6月30日(土)
◎旅行企画 長野高校同窓会
◎旅行主催 アルピコ観光サービス株式会社
照会先 主催会社 唐木(高10回)026-221-2100

平沢利夫氏(中45A)より「白馬三山」の油絵を寄贈していただきました。大作ですので長野高校の大会議室の壁面に飾らせていただいております。ありがとうございました。

平成13年度同窓会総会のご案内

☆日時 6月16日(土)開会午後2時
☆会場 ホテル国際21 弥生の間(2階)
☆総会 午後2時〜
☆記念講演会 午後3時15分〜
   演題 「90才迄生きて、ガンで死のう」
   講師 飯山赤十字病院医局長
   古川賢一氏(高18)
☆懇親会
   開宴 午後4時30分 芙蓉の間(2階)
   会費 5,000円 当日受付で頂きます。
■準備の都合上、ご出席の方は、お手数でも6月12日迄に事務局迄お知らせ願います。
事務局 TEL(026)235-3822 FAX(026)237-3822
注:今回の当番は高18回、高30回、高42回の方々です。

結婚相談室の表札の文字は桜井一郎氏(高2回生)の筆によります。
結婚相談
 ご希望の方は申し込み用紙を電話又ははがきでご請求ください。年齢、性別、学歴等は問いません。
TEL235-3822 長野市上松1-16-12
長野高等学校同窓会結婚相談室

事務局だより

○色々な事情から40号の発刊が大変遅れてしまいました。お詫び申し上げます。
○日新鐘の中に金鶏会便りを一頁分作りました。金鶏会での事業報告等を載せる予定です。
○同窓会の名前を使い、現役大学生の実家へ住所と電話番号を教えろと電話をかける業者がいます。同窓会ではその様なことは致しませんのでお気をつけ下さい。
○箱根駅伝の駒沢大学(2年生)のアンカー高橋桂逸君は本校のOB(高51回)です。最終10区で順天堂大学の選手に残念ながら抜かれて総合2位となった。今後を期待しましょう。
○宮崎秀樹氏(高2回)が参議院議員に繰り上げ当選しました。
○長野北高新聞、長高新聞、第1号〜第530号迄の51年間分が新聞部OB会である「日新会」を中心として、CD化が実現しました。2枚組で3,200円(送料込み)です。ご希望の方は事務局へ申し込み下さい。

平成13年度同窓会費(2,000円)のご送金をお願い致します。口座振替の方は6月27日(水)に引き落としとなりますのでお知らせ致します。

『長野高校百年史』 『会員名簿』
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